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努力教という概念 結果ありきの努力

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よく日本だと「努力は報われる」といいますけど、本当でしょうか?

私はこの文言が好きではなくて、報われること自体少ない。

努力しても方向性を間違ったら終了ですし。

 

 

結果出した人が正義!

 

が本質で、努力はその過程で発生した労働みたいなもの。

結局は成果が出た人がすべてなんですよね。

ただ、日本だとこれを言うとみんなやる気を無くすから言わないだけ。

 

漫画のはじめの一歩では、鴨川会長が

「成功した者は皆すべからく努力しておる」って言うですけど

成功した人の見下し目線から言っている言葉なのかなあと。

 

そもそも、努力って目標があって勝手に自分でするもの。

人に言われて努力するわけがない。努力ありきの成功ではなくて、

成功した結果、してきたことが努力になった。ただ、それだけ。

 

東大に受かった人は努力して、落ちた人は努力していないということ。

確かに一時的に頑張ったと言って、どの努力は無駄にならないというアドバイス。

いや、不合格だったら、落ち込んで無駄と考えてしまってもおかしくない。

努力は甘美な魅力を持っていますけど、目標に到達できない場合、

ただの言い訳になるのが辛い所です。

 

何か日本語の論理構造と似ていますね。

長ーい前置きがあって、結論がある。

結論がどんなものでも、前置きが長ければ許される。そんなイメージ。

 

 

努力っていったい何なのか?

これは成功者というか、お金持ちが私達を無理矢理働かせるための

洗脳なんじゃないかなあと。努力って目標があったら辛くしてしますし、

それが報われないことは当たり前。

 

努力だけでは破れない壁もあったりして、努力の有用性ってなんだろうなあと。

ハッキリ言うと、努力はしても無駄。

というよりも、努力するために努力している印象です。

 

昔から、特に親世代がこの甘美な努力を言っていました。

高度経済効果成長の名残なのか、バブルのそれなのか。

今は正直、学歴がある程度あるか、個人で誰もやっていない仕事を起業するしか

成功する方法はないというのが現状。

 

努力って一体なんなのか?

努力は成功ありきの仕事だったり勉強だったりします。

 

 

ところで、努力にも方向性があって、野村克也さんの本に書いてありましたけど、

高校、大学、社会人で4番を打っていた選手をそれを忘れられなくて、

ずっと4番になるための練習をすることがあるそうです。

 

足も守備もあって、1番や6番あたりだと一流になれる可能性があるのに。

努力もこれに似ていて、自分の現状をはっきり知覚して努力しないと無駄になります。

いくら研究者になりたいといっても、その専門の大学を出てないと入れないことが

多いですし、50代でプロ野球選手は難しい。

 

最後になりますけど、努力って

「自分の現状をハッキリ理解すること」

が出発点で一番大事なのかなあと。

 

成功したから努力が正当化されるなら、

成功するために現状を理解する。

すべてはそこから。そういう風に考えると少し楽だと思います。