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「うちの嫁」発言する芸人などー土井善晴さんの料理人人生

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土井善晴

土井善晴さん。料理研究家、料理人として料理の本質を伝えてくれる面白い人。バラエティにも参加している陽気がおじさんである。私が高校生ぐらいの時に、テレビの料理番組を担当しており、話し方、所作など感心する所が多かった。人を落ち着かせる言葉遣いに、美味しそうな料理の解説など昔からテレビで見ることが多かった料理人。父親も有名な料理研究家なので、その影響を多分に受けている土井さん。恵まれている環境ではあるものの、丁寧で上品な話し方をしており、好感が持たれやすい方。料理番組を担当しており、その技術を思う存分発揮している。男性女性関係なく、料理に興味がなくても、話し方でファンになってしまいそうな雰囲気のある人。若い頃は厳しい修行にあけくれた日々だったとのことだが、学ぶことが非常に多くとても面白かったという話が載っている。修行が面白いというのは非常に恵まれていて、人生その道に出会えるのはまさに奇跡である。土井さんは父親の影響もあるが、自分で決めた料理人の道。目的を決めると何もかもが面白い。

目的

人生で目的を持つことって非常に大切だと思うけど、それが見つかる人は幸運としか言いようがない。自己啓発書などを読むと、経営者や成功者が書いた本については、ある強烈な目的があるからこそ意味があるわけで、何も目的もない人が読んでも、ただやる気が少し出るだけの本なだけ。何事も面白いと言えるのは、学びがあって、それを活かせる仕事なり趣味を持っているいるからこそ。土井さんが修行が楽しいと話しているのは、料理に興味があって、それを人生に活かせる環境にあったから。自分の立ち位置がハッキリしないとか、仕事に興味がないとか、趣味(熱中できること)がないと中々学びを得ることは難しい。ただ、それは仕事や趣味、友達付き合い、恋愛などから発展することが多いから、見つけることができなくても仕方がない。ある程度までは運の要素があるわけで、今の世の中に当てはめると、余裕がなく、学びよりもお金などが欲しいということになる。人生何事も考え方次第だけど、心なり金銭なり身体的な余裕がないうと、学びを活かせることもできないわけで、格差とか色々問題があるけれど、本質はその部分にあるのではないかと思ってしまう。

結婚と妻

仕事や趣味などで出会いがあり、出会いから結婚していく。恋愛や出世のためと結婚の理由はたくさんあるけれど、自分の妻には割と感謝しないといけない。土井さんが話している、「うちの嫁」という言葉は私も違和感があった、芸人やアスリートでも嫁と発言することがあったが、嫁という言葉は何か違和感がある。漢字を見ても、「女」の横に「家」がくっ付いていて、家庭の付属物のイメージを持たせる漢字に見えてしまう。私の妻とか言えばいいのにと思うのだが、恥ずかしいだろうか。俺の嫁、うちの嫁と聞いていると不快感に近いものも出てきたりしてしまう。芸人やアスリートともなると、女性の方が力関係で弱くなってしまうのだろうか?そんなことはないはずで、夫のサポートをしているはずである。結婚したはいいものの、妻は夫の付属物ではないので、嫁という言葉はテレビの前ぐらいでは止めてほしいとは思う。確かに、芸人やアスリートはサラリーマンとはまったく違う世界に生きているので、言葉遣いなども違っているのかもしれない。しかし、テレビではふとした時に「うちの嫁」という言葉が電波に乗ってしまうので、それに違和感がある人に多少に不快感を与える可能性がある。

主婦

日本では主婦の立場が弱いように思う。実生活でもドラマでも、「誰のおかげで生活できているんだ!」という言葉は私達視聴者にも突き刺さってしまう。研究によると、主婦の仕事を年収に換算すると、1000万円を超える額になるという。確かに、家事は重労働であり、非常にしんどい。掃除、洗濯だけでも大変なのに、料理や後片付けなど体力的、精神的に辛いものもある。ただ、夫の立場からすると、まったくの他人としたくもない会話をしなければならないストレスや、面倒くさい書類作り、技術系だとしんどい実験や解析など気づくと精神的におかしくなることが非常に多い。ある意味で、家の中で完結する世界である主婦の世界を嫉妬して怒る理由も分からないことではない。それでも、主婦の仕事は大変で、毎日休みがない。夫のストレスのはけ口になる場合もあって、ストレスも溜まる。夫は妻のことを、妻は夫のことを考えているはずなのに、ストレスからおかしくなっていく過程。話し合いだけではなんとかならないが、ふとした相手を思いやる言葉、「ありがとう」などのシンプルな言葉で改善されている場合もある。結局はコミュニケーションが大切だ。