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【読書】日本人は肩書きがある人の話を信じるという話ー『大人の「独学」法』

 大学教授や企業の幹部のような肩書きのある人の話を信じる

この本を見て思ったのは、肩書きって日本だと大事なのかなあということです。テレビとか見ても、有名な先生を読んで説明してもらう番組が多いですけど、誰もここが間違ってる!みたいなことは言いません。人間なんで間違っていることもあると思うんですけど、無条件で信じてしまう。まあ、日本人だけではないかもしれませんけど、私が見てきた所ではそんな実感があります。

東日本大震災の時には、専門家の話が非常に多く出てきましたが、災害や事故によって、その専門家の話も信じられなくなっていました。誰が正しくて、誰が間違っているかが分からない状態。だけど、自分達に直接関係ない話題だと適当に「ふーん、そうなんだ」的な思いがあって信じてしまうと思います。別にその人が悪んじゃなくて、子供の頃から学者・医者・大企業の幹部クラスの人の話は正しいのだとうという思い込みがあったのが原因です。まあ、専門知識がないので反論できなかったのが結論なんですけど、それにしても無条件に相手の話を信じるのって結構怖いと思うんです。

肩書きさえあれば、無条件で信じてしまう。日本って村社会なんで、まわりと同調しないと仲間外れにされます。小学校ぐらいからその環境にありますし。だったら、まわりの人よりも権力・学歴などの肩書きがある人なら、自分の発言の影響力が大きくさせることができますから、その人の意見に誰も逆らえなくなる。結構怖いなあと思います。肩書きがあればある程度情報を操作できるということですから。結局は私達の姿勢も問題なのかもしれません。だけど、自分達に直接関係のないことを自分達で調べるのはすごく大変。それだったら肩書きのある人の話を信じた方が楽だという意見も分かります。

まあ、これは仕方がない話だと思います。新聞なりネットなりである情報があって、やっぱり信じてしまうのは肩書きのある人の話になりますから。テレビで出てくる解説者ってみんな肩書きがあるからこそ説得力が出るわけで。ただ、原発関連については結構批判的に見ている人が増えているんじゃないかと思います。自分達の生活に直結する出来事なんで。自分達で調べて自分達で納得することが出来てきているじゃないかと。最終的に、自分達の生活に直結するような話でないと真剣に調べないということかもしれません。

間違っていても、肩書きで説得力が出てくる

私としては、これが一番やっかいだと思っています。肩書きだけで説得力が出てきてしまうと、間違っていても正しいと思ってしまう。医学などは確かに専門家の話がかなり信憑性がありますけど、政治とか経済に関しては自分で調べたりできるので、ある程度は疑った方がいいとは思うんですよ。政治とかネットでちょっと調べるだけでも党の色が分かりますし、なぜこんなことを言っているのが分かってきます。経済だと企業の動きをニュースを見ると多少は分かると思います。

肩書きで人を見るなと言われても見てしまうのは仕方がないです。その人が努力してきた証。だから、納得はしてしまう。怖いのは何が間違っているのか、間違っていないのかということ。間違っていてもそれを自分自身で判断できないのはちょっとした恐怖です。それが昇華されると洗脳みたいなことになる可能性だったありますから。自分の軸としてきっちりしたものを持っている人があって、それは知識とか経験で補えるもの。権力とか学歴とか関係なしに、自分がこれは納得できる、これが私の意見みたいなものを持つことが大切だとは思うんですけどね。中々に仕事などをしながらでは難しいですけど。

仕事をし出すと、テレビとかネットのことを一々調べていくのは結構面倒くさい。そんなことどうでもいいじゃん、仕事とは関係ないしと思ってしまいますから。政治とか経済とか多くのことは自分の仕事とすぐに直結する人は少ないですから、面倒くさいのはわかります。ただ、自分の身近なスイーツとかスポーツとかエンタメなどを自分なりの視点で意見してみるのはとても大事なことなんじゃないかと思います。政治とか経済って割と上級者向きの分野で、何か自分の意見を持とうと思っても中々足が動きません。内容が一目で分からないですから。

その点、お菓子とかスポーツって自分独自の意見が持てて面白いんです。スイーツなら「このお店のケーキは美味しいけど、何か足りない」「このクレープは高いけど、味がすごくよい」とか。スポーツならデータ解析で議論してもいいし、往年の名選手と比較して今の選手はこうだ!みたいな意見を出してもいい。要は、色々調べて体験してみて、自分なりの意見を持っていったらいいのではないかと。その経験が、世の中のことに対して意見を持てる一因になるはずですし、何かを考えるネタになります。肩書きで間違ったことを正当化している人がいても、ちょっとした違和感を持てるようになるはず。

あれ?と思ったら自分で調べてみる

最終的には、これが一番大事なんですよね。私の場合は本とか読んでいても、あれ?と思ったら調べることがよくあります。学生時代の先生は「文中で意味が曖昧な単語が出てきたら即調べることを実践しなさい」と言われたことがありますから、自分で調べるのはとても大事という認識があります。今の時代ってこれが簡単に出来るから素晴らしいと思いますよ。Google先生に聞けば何でも答えてくれますし、それが正しい可能性があります。

DeNAWELQ(ウェルク)などの問題はあります。検索上位に来ている情報は信憑性が高いと誤解しやすいですから。DeNAWELQ(ウェルク)が問題になったのは、医学系の話で明らかにおかしい記事が検索で上位に来ていたこと。要は、間違った情報なのに、正しい情報のようになっていたことが問題でした。調べるのはいいのですけど、検索最大手のGoogle先生で間違った情報が溢れているなら、どうやって正しい情報を得ていいか分からなくなります。あれ?と思って調べてみると明らかに間違って情報という場合はネットにはあります。ネットのデメリットですね。

だけど、それを回避する方法は、たくさんサイトなり本を見ること。DeNAWELQ(ウェルク)の問題で思ったのは、何かネットで調べる時には非常に多くのサイトを見ないと何が自分にとって正しいのか分からないということです。夏なら紫外線が気になりますけど、その対策って山のようにあります。それを一つのサイトだけで決めるのではなく、たくさんのサイトを見て比較して何が正しいか自分なりに考えること。これが重要なんじゃないかと。ただ、100%正しいということはないので、自分で行動して決めていく必要が出てきますけど、やっぱりそこが難しいですよね。

あれ?と思って調べてみても、結局は自分が行動しないと始まらない。みんなこれが難しくて大変なんだと思います。ネットやテレビの情報を見て動くのって意外にパワーが必要ですから。そんな時にはやっぱり自分の興味ある分野に関して動いてみるのが一番。好きなことなんで必要なパワーが少ないわけなんで。政治でも経済でも、スイーツでもスポーツでも、何でも肩書きのある偉い人の話は50%程度にとどめておいて、後は自分で調べてみよう的なスタンスが、話の正しさを得る一つの方法なんじゃないかと思います。