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哲学と物理について考えてみた

onbullshit.hatenablog.com

 

最近、哲学に興味を持ったので色々調べてみると、哲学は哲学史を勉強するのが一番良いらしい。大学時代の友人も哲学史を最初に勉強したらいいよ〜と言っていたので、彼の話は中々に正しかったのかも。

ただ、哲学は異様に難しい表現をしているので困る。客観的に正しいのはわからないけど、翻訳の時点で意味が読み取れない。日本語がおかしいというよりも、前提知識とそれを元にした論理構成なので、初心者には厳しい所なんだろうね。私としては、誰にでもわかる、基礎哲学!みたいな本があればいいのにと思う。

 

私が高校時代を含めるとかなりの年数勉強してきた物理。私は工学系だけど、物理は興味があった。その物理で一番言われたことが、「物事はシンプルに考えろ!」ってこと。とにかく難しく考えずに、誰が見てもわかるような記述をしろと叩き込まれました。数式という客観性の高いものを除いても、日本語レベルでもシンプルに、わかりやすくと言われてきたので、哲学の文章の難しさは新鮮です。

大学の知り合いにも話を聞いたことがありますけど、哲学が文章を難しく表現するのは伝統だとか。元々は自然科学を含んでいた哲学ですけど、実験がたくさん行われて、客観性が保証される科学とは違って、主観性が満載な哲学なので、科学に負けないように難しく表現するのが流行ったのかなあと思ったりも。

 

アインシュタインなども、西洋哲学を学んでいたようですし、科学者にとって哲学って非常に重要なんだと思います。けれど、日本では馴染みがないですね。そもそも哲学は、「私はこう思う」、「私ならこう考える」という学問なので、協調性を重んじる日本の教育現場とは相容れないのかも。自分の考えよりも、教師を含めたクラス全体の意識が大事な日本なので、高校までに真剣に哲学をする機会って少ない。

 

日本は技術大国といいますけど、物理とか数学って解答がある程度はっきり決まっている。日本はテストの点数が何よりも大事なので、客観的に解答が正しいと言える学問が発達していったという可能性もありますね。そもそも、哲学そのものを科目にすると、哲学者から「こんな解答はおかしい!」クレームが来るはずなので、中々難しい。

哲学って、自分の意見よりも、有名な哲学者が何を言ったかが重要らしくて、自分がこう思うというのは、権威ある先生だけができることみたいです。そこら辺を哲学科出身の人は嘆いていました。自分の意見はなくて、権威ある大学教授の意見のみが正しいと。

 

実際に哲学って、検証のしようがないんですよ。頭の中では論理の塊ですけど、実際の現象で表現するのは無理ですから。物理の学者って、新しい理論とその実証が確かなものになると、自分の研究の価値が一気に落ちる場合もあります。相対論の前のエーテル論とかそうですし、0になりませんけど、物理界での権威は確実に落ちる。

物理系の怖い所はそこなんですよね。特に実際の現象を相手に研究しているので、まったく新しい理論で、それが自然現象をより正確に表しているとわかると、みんなそっちの研究に行きますから。そうなると、今までの自分の立ち位置が変わってしまうので、自分の方法性が見えにくくなります。でも、ある意味で、物理の研究者は謙虚な所もあって、だいたいの人は素直に間違いを認めます。これは日本の大学でも同じで、間違いは素直に認めるんですよ。

 

実際に哲学と物理の違いって、主観性か客観性かの違いかなと思います。もちろん、哲学にも実証主義というものはありますけど、言語は数式よりも客観性の面では劣るので、哲学で完全に客観的にというのは難しい。人の意見が絶対的な哲学と、自然現象が先生の物理学。ある人が、「哲学の教授になるのは世捨人にならないと無理」と言っていましたけど、確かに哲学科の教授はちょっと変な人が多いなあという印象です。友達などから哲学科の実情とか聞きましたし、面白いですけど、結構常識はずれの人もいて、中々に楽しそうです。でも、私は物理が好きなので、物理系がいいなあと思いますけど。