ブログ解析〜打ちながら読書〜

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アウトプットするときは他人に教えるように書くといい

ブログやSNSに文章なり、コメントなりを書く時に、「他人に教えるように書く」というのは、自分の知識や経験を整理するのに役立ちます。自分の中で当たり前なことを、言語化することで、分かりやすい言葉に直す行為とも言えますね。

 

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自分の世界観は分かりにくい


知識でも経験でも、自分なりの理解っていうのがあると思います。頭の中にイメージがあって、説明は難しいけど、自分で納得はできるとかそういう類いのもの。

 


案外これが油断大敵な事で、いざ人に教えようとすると、まったく上手くいかないことが結構あったりします。特に、人に仕事などを教えようとするときに、ちんぷんかんぷんな説明の仕方をすることってよくあります。

 


イメージはできるけど、人に教えられないですし、どこかチグハグな説明になってしまう。それって、頭の中で、言語化できてなくて、シンプルにもなっていないからこそ起こってしまう問題点です。


物事をシンプルにする


人に説明するときには、『シンプルさ』というのが非常に重要になります。物事を簡素にしないと、説明するときに、妙に複雑になってしまって、要点がぼけて何が大事なのかまったく分からなくなってしまいます。

 


文章でも、一つの段落には言いたいことは一つに絞るといった技法があったりしますけど、説明するときにも、何か大切なことをまずは一つだけ教えることで、アウトプットの質ってかなり変わってくると思うんですよ。

 

 

誰でも分かるような言葉を使う


物事を人に説明するときに、専門用語などはなるべく使わないようにしたほうがいいです。知識レベルが同じ、または自分より高い人に物事を説明するときにはいいですけど、初心者や経験の浅い人に説明するときには、誰でもわかるような言葉を使って教えてあげるのはベター。

 


ブログでも同じで、専門用語のオンパレードにすると、僕だったらチラッと見てすぐに帰ってしまう。紙の本で勉強しようとか、別の分かりやすいサイトを見ようと思いますし。

 


人に何かを教えるときって、難しい言葉だと通じるものも通じなくなってしまうので、気をつけたほうがいいと思います。でも、結構難しくて、「何で分からないんだ!」と心の中で思ってしまうこともありますけど、その傲慢さを横に置いておいて、教えるということは、何かを削ぎ落とすことが大切だということを考えて、分かりやすい言葉に置き換えるのがいいと思います。

 


他人に教えるということを念頭に置いて、文章なり書類なりのアウトプットを作っていくと、学べることが非常に多いです。『人に説明できないことは、自分では本当の意味では分かっていない』という、僕の指導教官や先輩の言葉があるんですけど、まさにこれ。

 


シンプルに、物事を削ぎ落として説明すると、自分にも新しい発見があったりします。削ぎ落とした部分は、知識レベルが上がったり、経験を積んだ後で教えてあげればいいだけのこと。人に説明するのって意外に、そしてかなり難しいと思います。

 

忙しい社会人のための効果的な勉強法について

社会人になると、勉強時間を確保するのが難しいですけど、時間の使いようによっては、上手く使いこなせて勉強時間を持つことができる。実際には、結構切り詰めないと勉強ってできないから、忙しい職種で資格試験って本当に大変だと思います。

 

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勉強ってどうやるんですか?


勉強って結構やり方に迷いがあると思うんですよね。実際にやろうとしても、やり方が分からなかったり、忘れてしまったりで、中々上手くいかないことが多いですから。資格試験とかだと、過去問を必死に解いたりすることで、合格の可能性って高くなると思うんですよ。

 


受験とかを乗り越えても、社会人になると当時とは絶対的に勉強時間が減っているわけですから、量で補うのは結構難しいと思います。通勤時間を有効活用にといっても、忙しいと眠ってしまったりしますから。

 


社会人の勉強って、資格試験対策か教養を深めるか趣味のための学習なんで、場合によって、緊急度によって違ってくるとは思うんですけど、多くの人は資格試験対策が大事になるので、社会人の勉強法っていうと、『資格試験対策』になるんですよね。

 

資格試験対策ってどうやるんですか?


TOEICとか宅建とか基本情報技術者試験とか色々聞きますけど、結局は過去問対策ってどうやるかってことがすべてだと思います。基礎知識を埋める意味でも、過去問やら類似問題やらを調べまくって解きまくるのが基本スタイルなはずなんですよ。

 


過去問がない、手に入れられない場合は、基礎知識を憶えまくるしかない。そのぐらい基礎って大事。まあ、難易度の高い試験は、基礎+応用+運なので、一概にはいえませんけど、難しい試験って運の要素が高いですよね。

 


やたら難しい場合もあったり、逆に優しい場合もある。センター試験の数学みたいなもんで、特に文系は難しい問題が出た年は阿鼻叫喚になります。だからこそ難易度の高い試験って貴重で、合格した人はすごい!といわれることになるんですけど。

 

僕が一番難しいだろうなあと思う試験は『英検1級』だと思います。ちらっと見た感じですけど、単語レベルが高いですし、長文も論文みたいな感じだったので、あれを乗り越えられる人はすごいと思います。中学生の英語の先生が英検1級が受からないと嘆いていたのを思い出します。

 

教養の勉強って役に立つの?


「古典を学べ」とか本とかに書いてありますけど、若手だと資格試験とかのほうが重要で、それどころじゃないと思います。ただでさえ、仕事と試験の勉強で忙しいのに、古典なんて暇がないですから。

 


古典が役に立つのって、出世したり、一人の仕事をしたりして、世界を広く見れるようになってからだと思うんで、急いで勉強する必要はないです。ただ、40代とかになったときに、人生経験から古典の内容が本当の意味で分かってくることがあるので、読むべきです。

 


教養って、人と話すときに出るといいますけど、それだけ深い内容があると思います。哲学だとプラトンとかアリストテレス、文学だと夏目漱石太宰治などが鉄板なんでしょうけど、中々読み難い文章を自分の経験を活かして読むということになるので、結構は発見があるんでしょうね。

 


僕なんかは、深い意味は分からないですけど、哲学の本とか読んで、「何となく分かるなあ」程度でも割と充実感はあります。難しい本って色んな知識がないと読みこなせないので、徐々に読んでいくスタイルで十分なはず。

 


社会人になると、仕事だけではなくて、資格試験対策もする必要が出てきます。もちろん、仕事自体の勉強もあるので、とっても大変。時間を有効活用したいところですけど、中々上手くはいかないのが人生の常。

 


そんな時には気晴らしに、運動とか読書とか友人や恋人との会話とかをして、ストレス発散をすると、意外とスムーズに勉強できることがあったりします。休憩って大事。

 

オススメの読みやすい小説

読書をしたいなら、読みやすい小説を見るといいと思います。ミステリ、恋愛、社会派など色々ありますけど、基本的にベストセラー本って読んでいてイメージしやすい。マイナーよりもやっぱり有名な作家の方が記憶にも残りやすいですし。

 

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僕はミステリ小説が好きですけど、映画化された作品は基本面白いです。でも、年齢を重ねると面白くなくなってしまうこともあるので、本も読むタイミングが鍵だなあと思ったりもします。


ドラマ化された作品が多いと思います。僕は、『悪意』が好きですね。人間の悪意を作家と教師を絡めて表現していて、中学生や高校生の頃って多感な時期だけど、親や友達から受ける影響が途轍もなく多いことを知りました。

 


ミステリやら恋愛やらファンタジーやら色々と混じっていますけど、面白い小説が多いです。『雪のひとひら』は大人になってから読むと、感じることがたくさんあると想います。

 

読書で完璧を目指すこと〜通読か流し読みか〜

趣味は読書って人は多いと思います。僕もそうですけど、読書をするときって、全部のページを読む通読や、部分だけを読む流し読みかで分かれるらしいですけど、それが正解かというのはすっごく難しい。

 

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通読は、精読と同じで一冊の本を隈無く隅々まで見て、読んで理解したり納得するといった読書法で、流し読みはつまみ読みともいわれて、大切な部分、気になる部分以外は適当に読み流すといったやり方。僕としては、場合場合によって使い分けるといいと思います。

 

世の中には多様な読書がある


読書と一概にいっても、非常に多くの読み方があって、まさに十人十色。一冊の本を極める人もいれば、多くの本から知識を整理する方法もあります。「これが最強の読書法だ!」とうたっている本もかなり怪しさ満点なんですけど、著者からしたら最強なんで、それはそれで納得はできます。

 


だけど、ただ一つの答えのないのが読書なので、いざ自分流の読書術を磨こうとしても、かなり迷ってしまったりします。僕も精読か流し読みかで散々迷いましたし、これって仕事や趣味で色々考えながら実践しないとモノにならないとは思います。

 


本屋に行くとたくさんの読書術、読書法の本が、ウェブ上で多くの読書についての情報があふれていますけど、たくさんありすぎて何が自分にとっていいか分からなくなっています。勉強だったり、趣味だったり、資格試験のためだったり、読書の目的は様々ですけど、多様な読書の中から自分の読み方を模索していくことも大事です。

 

精読してもすぐに忘れる


困ったことに、細かく注意深く読んだとしても、憶えていることは非常に少なかったりします。テストの内容は、テストが終わったら曖昧になるし、時間が経ってみると案外暗記していることは少ないことにガッカリした経験は多くの人にあるかもしれません。

 


逆に流し読みでサクッと読んだ部分をずっと憶えていたりと、読書って本当に難しい。だからみんな迷ってしまいます。

 


仕事や趣味の専門書とか読んでいても、すぐに忘れるから反復が大切になってきます。仕事とかで使う知識だと毎日使うので忘れないんですけど、毎日復習しない内容は頭の中から消えたりするので、継続って大切って気がします。

 


ただ、最近は読書メーターとかSNSがあるので、自分流にまとめておけば忘れ難くなりますし、読書メーターは本棚が埋まっていくので、達成感があって嬉しくなります。精読しても忘れる!って時には、ちょこちょこと3文ぐらいにまとめておけば見返したときに思い出せるのでいいですよ。

 

自分の読書に自信がない


世の中で『読書法』なんて内容が本になるのは、みんな読書について自信がないからだと思います。読書って人によって違うから、オススメしても、拒否される可能性はあるし、これが一番と思った読書法でも、他人からしたら何だこれ!?ってなことにもなる。

 


日本って、通読が基本スタイルで、学校で教える方法はこれですよね。だからこそ、読書といえば通読ってなるわけで、これが最強の読書術みたいなものを持っていたとしても、学校の記憶から、通読スタイルに戻ってしまいます。

 

 

自分の読書法に自信を持つのって難しいですよね。自己流のやり方って、他人から見たら最悪なやり方だったりしますし。その場合って、時々によって読書のやり方を変えていくしかないかなと。だって、全然面白くない本だったり、仕事で絶対に読まないといけない本だったり、仕事や生活は人によってまったく違うので、環境に合わせて読書法って変えていった方がいいとは思います。

 

 

読書に絶対の方法はなくて、完璧な読書なんてものはありません。自分が人生の中で上手くいった方法を突き詰めて、実践していった方が、楽しく、実りある読書になると思うんですよね。

 

ファストフードフードを食べれる時期

マクドナルドのようなファストフードって大人になるとあまり食べれませんね。金銭的な意味ではなくて、味やクセが強く感じてしまって、子供の頃にように食べることができなくなります。僕も、社会人になってからは、あまり食べれなくなりましたけど、それでもいい点はあります。

 

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若い頃は毎日でも食べれる

 

若い頃、子供時代や学生時代はたくさん食べることができました。駄菓子も同じで、今食べると胸焼けするような量をほぼ毎日食べていた記憶があります。100円持っているだけでも、かなり満足度の高い理想的な食べ物でした。

 

マクドナルドは駄菓子よりは高級なんですけど、特に学生時代になって、金銭的な余裕が少しだけ出てくると、マクドナルドでバーガーを何個も食べていました。100円程度の安さで、量も味も一定の満足感がある食べ物。

 

若い頃って、新陳代謝が良いのか、体に悪いとされている食べ物でも美味しく感じますし、それが若さの証拠かもしれませんけど、ファストフードはかなり食べていたように思います。

 

カップラーメンやコンビニの弁当などは広い意味でのファストフードですが、それらを毎日のように食べても、美味しいと感じてしまうのは、やっぱり若いからこその特権というか、力なんでしょうね。

 

今は、一年に数回しか食べれない


逆に今は、大学生の頃のようなパワーはなくなってしまって、カップラーメンも一年に一度程度、マクドナルドも数回程度食べるぐらいになってしまいました。ファストフードよりも、野菜や和食など体によい食事を心がけるようになりました。

 


食事療法も試したこともあって、玄米菜食を基本として、数年間実践していました。その影響もあってか、ファストフードとは縁遠い生活に。大人になると、味の好み変わってしまうのはよくあることですけど、それが原因でファストフードをあまり美味しくないと感じてしまうようになってしまう。

 


ただ、一年間に数回しか食べないからこそ、ファストフードの有り難みというか、美味しさを感じさせてくれます。

 

たまに食べるから記憶に残る


去年、マクドナルドの『月見バーガー』を久しぶりに食べました。すると、すっごく美味しくて、久しぶりに食べるファストフードの味に感動しました。一年に数回しか食べないからこそ、ファストフードって美味しく感じると思います。

 


まあ、これは大人の意見で、大学生や20代前半の頃は、滅茶苦茶ファストフードを食べていましたし、友達と笑い合った記憶もあります。ファストフードって、大人になると、味よりも思い出の味が強くなってしまうからこそ、あまり食べなくなるのかもしれませんね。

 


マックシェイクが好きなので、マクドナルドは割とよく利用はするんですけど、バーガーを食べるのは一年に数回程度になりました。それが僕の楽しみ方なんですけど、だからこそ記憶に残ります。頻繁に食べても美味しいとは思いますけど、僕のような食べ方も一つの食べ方なんだと思います。

 


人も一緒で、高校や大学での友達は、当時は毎日会って馬鹿みたいなことをしていましたけど、社会人になって、大人になってみると、たまにしか会えない。だけど、その短い時間に会うからこそ、記憶に残るんだと思います。思い出補正もあって、なんかしんみりするような時間になったりしますよ。